北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)は5年で激変した!政府関係者は親日的!アツアツカップル!タワーマンション群…

初沢亜利(はつざわ あり )さんが『隣人、それから。38度線の北』という写真集をを発表しました。

六本木で9月29日まで写真展も開催されます。

この本は、平成28年~平成30年にかけて撮影された写真で構成されています。

スポンサーリンク

平成24年に発表した『隣人。38度線の北』以来の北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)を撮影した写真集です。

 

着実に裕福になっている北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)

『隣人、それから。38度線の北』を目にしてビックリしました。

ピョンヤンが予想を上回るほど発展していたからです。

立ち並ぶタワーマンションや食べ物があふれ返っているスーパーマーケット。

世界中の上級酒が並んでいるバーで大勢の人がくつろいでいます。

ケーキ屋さんのショーケースの中には欧米のケーキ屋さんかと思わせるほどケーキ類が並んでいます。

大きな廃墟みたいだった柳京ホテルは少しづつ整備が進められて、今では世界でも指折りのホテルという感じです。

「ピョンヤンは明らかに変わりました。

市内はタワーマンションが建設ラッシュの真っ最中です。

建設ラッシュの様子は、中心部から一歩外に出て眺めて見るとよくわかります。

パット見で乗用車の数は三倍以上に増えた感じです。

日本とかドイツの高級車も頻繁に目にします。

ピョンヤンは海外からも沢山の人が訪れる事から『北朝鮮のショーウィンドウ』と言われるほどです。

経済制裁のために追い詰められていたり、予算を核開発に使用していれば、これほどまでに余裕があるはずがありません。

いったい何が起こっているのか?とビックリしました』(初沢亜利)

大勢の人の生活が変わりました。

レストランで顔を寄せあって、ささやきあう若いカップルや、ボートの上で水上結婚式をしている新婚さん。

セグウェイのような電動二輪車を乗りまわす若者達。

朗らかで綺麗な服を来ているOLさん達は公園でリラックスしながら、お菓子を食べたり読書に夢中です。

彼女達を見ていると日本の郊外にあるスーパーで目にする光景とほとんど変わらない事に気付かされます。

自由を楽しんで豊かな雰囲気が伝わって来ます。

「北朝鮮は地球上の162か国と国交があります。

全ての国家がアメリカや日本みたいに敵視しているわけではありません。

真剣になって北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)に制裁してやろうなんて考えてはいません。

経済制裁なんて機能していないと考えるしかありません」(初沢亜利)

地方はどうなんでしょうか?

『リンジン、それから。38度線の北』では、日本のマスコミ報道では知る事が不可能な、地方の田舎町を撮影した写真も含まれています。

町の広場でエサを食べている牛や、雪の積もっている田んぼの水たまりで歯をみがいている若い男性。

凍っている川の上を自分で作ったソリに乗って遊んでいる子供達の姿を見ていると、映画で目にした1950年~1960年代の日本の田舎が頭に浮かんできます。

お世辞にも裕福とは言えないでしょう。

ですが、物凄く貧乏というわけでもなさそうです。

「そのイメージは正解でしょう。

地方の田舎町に行くと確かに貧乏な生活をしています。

とは言え、ちょっとづつ状況は改善されています。

北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の地方と言いますと、日本国内では1990年代の後半にしょっちゅう飢餓状態の映像が流れてきたものです。

その時の衝撃が未だに強く残っています。

ですが、今はあの頃とは全く違います。

日本と比較すれば圧倒的に貧しいのですが、現在は生存が脅かされるレベルではありません。

その事はしっかりと伝えたいです」(初沢亜利)

 

北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の案内人達は親日家

巻末の初沢亜利(はつざわ あり )さんの滞在記には、通常私達が目にしている新聞やTV等では報道されない内容が含まれています。

北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)政府の案内人と初沢亜利(はつざわ あり )さんのやりとりがその一例です。

日朝関係について真剣に議論を交わしたかと思ったら、冗談を言い合うお互いのようすは、敵対国の国民同士だというのに、国家的な利害を超えてしまった親密ささえ感じてしまいます。

「北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の案内人達は正真正銘の親日家です。

沢山の外国の中から敢えて日本の大学で学んだのも、仕事で日本に関わっていたいという気持ちの表れです。

両国間の国交正常化の時代が到来した暁には日本の大使館で働きたいと本気で考えているようです。

中には植民地支配されていた時代にその方のご両親が日本人に親切にしてもらったという方もいらっしゃいます。

『日本人はとても親切だった』とか『助けられた』という話も聞こえてくるのですが、教科書には真逆の事が記載されているのです。

その事が、日朝関係に関わる仕事をしてみようと決心したきっかけだ、という案内人もいらっしゃいます。

日本語や日本の文化を学んで、仕事で出会った日本人達と会話する中で日本を体感したい。

その過程で日朝関係を良い方向に進めて行きたい、国交を正常化させたら自分自身も日本に行って見たいと考えるわけです」(初沢亜利)

「彼等には彼等の都合があります。

一方政府には政府の許せる事と許せない事の一線が存在します。

海外から来たカメラマンに何を撮影させるかは案内人の判断1つです。

案内人の判断には案内人の日朝関係に対する思いの深さが表れます。

根底にあるのは、お互いの国が理解し合えるように、一緒にやって行きたいという気持ちです。

ですので『一緒に頑張って行きましょう』という感覚なんです」(初沢亜利)

 

豊かと言われる日本への疑問

北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の日本担当の政府関係者と初沢亜利(はつざわ あり )さんとのやりとりの中にハッとした一文がありました。

『日本はなぜアメリカから独立しないのか?』という案内人からの質問です。

「ズバリ直球の問いかけに一通りの返答はしました。

かつて、自民党のある議員から『未だに日本は敗戦国だ』と言われた事があります。

敗戦国ゆえに軍事的、経済的にアメリカに握られている部分があるという動かし難い事実があります。

日本人がそれを選択するしかなかった背景を彼らは実感として理解できないようです。

そして次に『裕福になったのに、どうして一年に三万人前後の人間が自殺するのか?』という質問が飛んできました」(初沢亜利)

このような質問をぶつけてくるのは、案内人達が、資本主義経済や民主主義に関心を持っている証拠と言えます。

「『資本主義経済、民主主義社会は、人間を幸福に出来るのか?』と彼等は真剣に考えています。

豊かな隣国日本を見ると自殺する人は大勢いるし、一票の権利を行使する人は半数に満たず、安倍一強の独裁体制のような状況です。

『どうして?』と質問したくもなりますよね」(初沢亜利)

 

「共感」を基本にして北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)を撮影

そもそも、初沢亜利(はつざわ あり )さんが北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)を撮影しようと思ったワケは、異なる政治体制を持っている隣国への純粋な関心と、新聞やTVの一方的な報道に違和感を感じたからです。

「日本では北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)に対する違和感に焦点を当てた一方的な報道しか流れません。

その報道を目にした日本人の反応も一方的です。

しかし、共感できる点が1つも無いなんてあり得ないと思っていました。

私は資本主義社会を全て肯定しようとは思いません。

資本主義社会の恩恵を受けて育ってきた人間として否定する気もありません。

ですが、私達が正しくて彼等が悪だと入り口で決めつけては駄目だと思ったのです。

実際に自分自身の目で見て、触って、ジックリと丁寧に考えなければならないと思いました。

初めて訪朝した時はカメラを持たずに出かけました。

現地で感じた事から、違和感ではなく共感を基本にして撮影しようと決心しました」(初沢亜利)

日本のマスメディアが報道する傾向は、初沢亜利(はつざわ あり )さんが『リンジン』のプロジェクトを開始した8年前から変わりません。

寧ろ、日本の方向性は加速しているような気がします。

なぜでしょうか?

「『経済制裁に効果があって欲しい、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)は貧しくなくては駄目だ』という気持ちで見ているから現実の変化を捉える事が出来ないのでしょう。

その証拠に、マスメディアの取材で『北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)は裕福になっている』と言うと『裕福なのはピョンヤンだけ。地方の田舎町は相も変わらず餓死者が出ているはず』と反論が出てきます。

ピョンヤンの経済発展は渋々認めるが地方の田舎町は未だに極貧生活をしていると思いたいようです」(初沢亜利)

政治的な部分で言うと、TV等マスコミ報道では「核で日本を脅かす無法国家」「不安定で予測不可能な独裁国家」という見方が大半を占めています。

確かに、それも北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)という国の一面である事は紛れもない事実です。

核と拉致という国家犯罪が日本と北朝鮮のあいだに存在しているのですから当然の反応でしょう。

とは言っても、異なる視点からの報道がもっとあっていいと思います。

ですが、日本で流れている情報には多様さがありません。

「北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の立場に一定の理解を示す報道がないワケはバッシングを恐れているからでしょう。

『あんな国の味方するのか?』『非国民』というような批判が怖くて出来ないのでしょう。

マスメディアは基本的に視聴者が見たいと思っているものを見せるものですからね。

その上、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)に対しては自民党から共産党まで全ての政党が批判的です。

そのような所に個人で切り込んで行く事は、かなり大変な戦いになります」(初沢亜利)

 

二週間で撮影する事の困難さ

『リンジン、それから。38度線の北』は、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の何気ない日常を撮影した写真集です。

その点でも稀有ですが、とてつもなく凄い点があります。

それは、取材環境のシビアさを考えれば不可能と思えるほどの写真の質と量です。

北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)では旅行者一人につき政府の案内人が二人と運転手一人に車一台が付きます。

出かけたい場所や取材内容を伝えると通訳してくれます。

とは言っても、これら三人は監視役も兼ねています。

他国と比べればカメラマンが自由に歩き回って撮影する事は困難です。

その上、三回の訪朝での実質的な撮影期間は二週間程度です。

前もってお膳立てされているCM撮影なら話は別でしょうが、何が起きるかわからないストリートスナップの手法でたった二週間で写真集一冊ぶんの写真を撮影して揃える事は、普通のカメラマンでは不可能です。

政治体制が全く違う国で、常に監視されている状態で、たまには列車や乗用車等の中から動いている被写体を的確に撮影しようと思えば、とてつもない集中力と撮影テクニックが必要になります。

その他にも、これだという被写体に巡り会う「運」も必要です。

この本を見ていると、色々な意味で、初沢亜利(はつざわ あり )さんだからこそ可能な仕事だったと思わずにはいられません。

 

写真家は自分自身の立場を意識しなくてはならない

以前紹介した『沖縄の事を教えてください』と同様、初沢亜利(はつざわ あり )さんの写真は北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)で邂逅した目の前の事物をそのままに切り取っています。

報道写真によく見られる、行き過ぎたドラマチックな演出は一切ありません。

写真には、目の前の事象をフラットにイメージ化できるという特性があります。

それゆえ絵画、小説、映画のような他の芸術と比較すると、そのままでは作家の意図を表現する事は難しいです。

初沢亜利(はつざわ あり )さんは写真が持っている性質、「写真でしか表現出来ない事」に自覚的です。

そして、見る側からすると良くも悪くもバイアスとなりうる撮影する人間の思い入れを排除するための工夫が随所に見受けられます。

「撮影はパンフォーカス(写真の全面にピントを合わせる設定)で横位置です。

モノクロとは違い加工しにくいのですが、カラーで撮影します。

そのワケは写真に『中心』を作りたくないからです。

中心が存在するという事は、カメラマンが被写体に価値の序列を勝手に付けているといいう事です。

逆の見方をすると、中心がない写真は撮影されたもの全てが等価値だと言えます。

偶然に写り込んだ様々な価値観が一枚の写真に混在している事が大切ではないでしょうか。

目の前の事物を等価に撮影したい私からすると、このスタイルは必然です」(初沢亜利)

ですが、「フラットに撮影するだけでは不足している」とも考えています。

「カメラマンは自分の立ち位置に敏感でなくてはなりません。

沖縄同様、日本と北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)についても、かつて植民地支配をして、未だに謝罪が終わっていない加害者サイドと被害者サイドの直線的な抑圧的構造があります。

その上、カメラマンが『写真を撮影する』という行為は、ある意味、収奪と言っても良いでしょう。

二重の抑圧が存在するわけです。

自分の属している社会と写真を撮影する社会との関係性、そして、どの位置に立って撮影したのかは写真に写る事はありません。

だからこそ、しっかりと言及して行く必要があるのです」(初沢亜利)

「被写体の側から大切な事は、どのような姿勢で何をどのように考えて撮影しているかです。

それによって許せるか許せないかも決まってくるのです。

抑圧や搾取をしているという自覚をもって、その責任のもとに丁寧に表現して、継続的かつ繊細な心遣いで発信し続けなくてはならないのです。

写真集を作った後のありかたも含めて、カメラマンには被写体への責任が問われるのです」(初沢亜利)

 

写真家・初沢亜利の現代的意義

今、私達が生活している世界は様々な問題を抱えています。

そのような時代に写真は、写真家は何ができるのか?

この問いかけに対して初沢亜利(はつざわ あり )さんから予想外の答えが返ってきました。

「写真の力に関しては、正直言って半信半疑です。

一月に亡くなった評論家の西部 邁(にしべ すすむ)さんはご自身の言論、作家活動について、『何も変える事はできなかった。無意味だった』という一言を残してこの世を去りました。

それはある意味、私を含めた表現する側のエゴかもしれませんが、一冊の本で世の中は動いたりしませんし、変わりません。

映画であれば、地味なドキュメンタリーでさえ何千人かは映画館を訪れてくれます。

いっぽう、写真集を数千部売る事は本当に、本当に困難です。

正直言って、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の事をもっと広く伝えたいなら、写真に拘らないほうがいいんじゃないかと思う事もあります。

ここ5年くらいは気持ちが揺れ動いています」(初沢亜利)

なるほど、「写真の力」を無邪気に信じる事が出来るほど純真ではいられないのが現実という事かもしれません。

ですが、敢えて言いたいです。

初沢亜利(はつざわ あり )さんの写真は、現代に生きている私達にとって必要です。

ポストトゥルースの時代は、フェイクニュースが蔓延します。

感情的になっている一部の人間の主張が私達の未来に大きな影響を与えるかもしれません。

民主主義社会で、その脅威と戦いながら未来を作っていきたいのであれば、個人個人が自分自身の頭で思索して行動しなくてはならないのです。

そのためにも、多様な価値観を示してくれる情報が絶対に必要です。

目の前の世界を構成している要素を何もかも平等にありのままに提示してくれる初沢亜利(はつざわ あり )さんの写真こそがそれなんです。

人間の憎しみと敵対心が歴史を作り上げてきた事はまぎれもない事実です。

歴史が積み重ねて来た「いま、ここ」の現実は強固で簡単に変える事など出来ません。

だからこそ、そこに単身で斬り込んで行く初沢亜利(はつざわ あり )という写真家は稀有な存在です。

是非、『リンジン、それから。38度線の北』を手に取って頂きたいです。

アナタが持っている北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)に対する固定観念を心地よく揺さぶってくれるでしょう。

そこに生きる「隣人」のイメージをアップデートしてくれるに違いありません。

スポンサーリンク

おすすめの記事